サイコパスのリゾート〜ジェーン・オースティンのサンディトン〜

ジェーン・オースティン未完の原作、サンディトンを下敷きにしたイギリスITVのドラマ、「サンディトン」(全8話)をみた。

 

ジェーン・オースティンが亡くなる4ヶ月前まで執筆していた未完の作品をBBCの「高慢と偏見」を大ヒットに導いたオースティン映像化の申し子みたいな脚本家が映像化している。

オースティンの原作は12章で終わっており、凄く個性的な登場人物が全員出揃った…ところまでしか描いていないのでほぼオリジナル作品だ。

 

サンディトンはジェーン・オースティンの中でもそれまでの長編作品と毛色が異なっていて、ドラマと併せて原作を読んだ時に凄く驚いた。メインテーマが南イングランドのジェントリの婚活の悲喜交交ではなく、サンディトンという架空の新興リゾート地の開発だからだ。もちろんヒロインの結婚話もそのうち絡んでくる気配があるのだろうが、馬車から落馬した地主(投資家)が平和で開発や投資と縁が無さそうなイングランドの地方地主(子沢山で裕福)の家の前に不時着してしまうところからストーリーが始まる。オースティンのそれまでの作品にあまり見られなかった形での他者・異文化の強引な乱入からストーリーが始まるのは、荘園と荘園、村と荘園の人の行き来を描いてきたこれまでの作品とかなり違う。

またオースティンの作品の中で初めて、有色人種の(黒人の血を引く)西インド諸島出身の金持ちの女相続人が登場するのだ。これはヤバい。だってシャーロット・ブロンテが屋根裏のバーサ(同じく西インド諸島出身で裕福な家の娘)をまあまあ悪意あるタッチで描くよりも前に、確かサッカレーが虚栄の市で似たような金持ちの女相続人をかなり悪意のあるタッチで描くよりも前にーーオースティンはそれをやっていたことになる。シャーロット・ブロンテもサンディトンを読めば、オースティンへの印象がちょっと変わったかもしれない。

あと病気(仮病)や健康オタクの人とバカな投資家への皮肉が凄まじい。オースティン自身が病気に臥せっていた時に描かれたからか、健康を求めて馬鹿騒ぎする人物への風刺がエゲツない。あと感情小説ばかり読んでる人あたりが良いが凄まじくバカで顔は良いかま浅はかな男が出てきて面白い。

 

異例づくめのこのオースティン最後の小説をアダプテーションにするにあたって、制作側はとにかく凄く肉体的に、エキゾチックに翻案しようとしていて、ある点ではそれは成功しているものの、諸々盛り込みすぎて破綻している。残念だったのはオースティンの凄技の一つが光るウィットに富みすぎる会話や、登場人物が登場人物のことを描写する時の悪意みたいなものが、やはり原作が途中で終わっているためか、ドラマの中で出来ておらず、ストーリーラインが最後ほぼ独立してバラバラと終わるため、ヒロインのシャーロットは他の主要人物レディ・ダナムやミス・ブリアトンと1話と最終話以外全く会話もしないし、お互い話題にもしないという不自然さが生まれている。

このドラマではどこかエキゾチックで可愛い雰囲気のシャーロットをヒロインに、ヒーローを雰囲気がかなりエキゾチックな見た目で肉体派なバイロンっぽいシドニー・パーカー(サンディトン開発の弟)に据えていて、高慢と偏見のエリザベスとダーシーを下敷きにそれまでのオースティン作品のヒーローとヒロインの良いとこどりをしようとしたのだが、結果パッチワークみたいなヒーローとヒロインになってしまい、特にシドニーの行動と後半のキャラ変がうっすらサイコパスっぽくなっている。そしてなんとアンハッピーエンドだ!

でも原作を読んでも思ったのは、サンディトンの登場人物は基本超個性的でうっすらサイコパスみたいに描かれている気がする。「自称モダンで文明化された健康な人々」がきっとオースティンの晩年ごろに沢山出没したはずだ。多分というかそうあったら面白いと思うのはオースティンはサンディトンで彼女なりの近代を描こうとして、サンディトンで笑いの対象にしたのが近代化にやっきになって自分の領地の管理はすっかり忘れた投資家とか健康ブームに乗って海水をガバ飲みする人で彼らはオースティンみたいな南イングランドの常識的な人々(と言いつつも荘園のその富はマンスフィールドパークでちらつかされた奴隷貿易で成り立ちつつある)から見ると皆異常に何かに熱狂しているうっすらサイコパスに見えたのかもしれない。オースティンはこの後に来るimprovementの時代を的確に予想していていたのだろう。都市開発がテーマな点、ヒロインが田舎から都会で放り込まれる点は北と南みたいな産業小説の走りだったのかもしれないこともない。

 

 

ドラマの中でエリザベスとダーシーはジェーンの恋愛とウィッカムへの対応で互いを誤解することになるかが、それをシドニーがアンティグアで奴隷貿易をしていて差別主義者だと思いこみ、シャーロットが憤慨するプロットは凄く面白かったのに、オースティン初の黒人のキャラ、ミス・ラムのストーリーがあまりにも酷いのがめっちゃ残念だった。ただの頭のあまり良くない女の子になってしまった。

それ以外の脇役の女性キャラの怪演はすごく良くて、性暴力サバイバーとしてのミス・デナム、ミス・ブライトンの描写は興味深い。特に不安定な身分で、遺産を手にするなら文字通り何だってする凄く美人なミス・クララ・ブライトンはなかなかの悪女キャラだ。

 

海辺の新興のリゾートにいれば服を脱いで水に飛び込みたくなるし、情緒が乱れておかしなことをしでかすかもしれず、健康を求めて砂浜を歩き回るし、得体の知れない人々が集まってくる。オースティンが描いてきた平和な牧歌的な世界の端にも近代化の波は確実に押し寄せ、その波をオースティンなりに描こうとしたのかもしれない。ペンバリーのような世界ではエリザベスとダーシーは結ばれるが、サンディトンではシャーロットとシドニーは簡単には結ばれない。

 

 

未完作品も含めて映像化させられるオースティンの力に感動した。シーズン2の制作もうっすら上がっているそうだ。見てみたい気もする。