チャイがおいしい

前職の上司との人間関係、労働環境が嫌すぎて意を決して転職したのに、5年間の前職のトラウマが根深すぎる。

前職は基本的に仕事内容に加え、ユーモア溢れる女の先輩や、賢くて穏やかな中途の人、細かいし目を付けられたらネチネチ言うけどなんやかんや可愛がってくれたお局様などなどと女性スタッフには個人的に人間不信になるほどのストレスは無かった。ただ私の部では女性の管理職はいなくて、管理職がクソバカ50代団子三兄弟のおっさんたちだったので、結局は女性スタッフの頑張りがクソバカ管理職の負担を軽減することにすべて吸収されてしまう構造だったのが最大のストレスだった。クソバカの上の部長も勿論男性で、基本的に仕事内容にも興味もなければ情熱もない人なので、部としての労務環境とか、正しい仕事の割り振りとか、ハラスメント対策とか、そういった部長としてやるべき事を率先して行うことは無かった。

クソバカ50代男性上司たちと心身を削りながらハラスメントな思い出を刻みすぎたせいで、わたしは気付かずうちに深刻な男性不振、恐怖症に陥り、特に50代の男性へのうっすらした嫌悪が根付いてしまったらしい。女性の管理職がちゃんといる、ということを転職時の一つの目標としていたため、今の職場はまさに女性管理職、スタッフが多い場所で良かった良かったと安堵していたのだった…が、1人おじさん管理職がおり、役職も課で2番目なので、めちゃくちゃ警戒していた。しかも初対面が前の職場の男性陣を彷彿とさせる雰囲気だったので、ガチで警戒が止まらなかった。出来る限り関わらんとこ…と決意していたのに、何故か私がこのおじさんとコラボする仕事の案件が増えてきて、オイオイオイ私は結局おじさん輪廻から逃れられないのかよと思っていたのだが、蓋を開けてみると、信じられないことに、今のところユーモアのあるほっこりおじさん?ぽく、色々気遣ってくれるばかりか、昼ご飯まで一緒に食べたり(前職だったら団子三兄弟と2人でお湯すら飲めない)、結構面白い雑談までしてくれ、昼食食べてる?とまで何故か心配され、そんなことを前職でされたことがないので、逆に警戒してしまい、面くらっている。結構適当で、面倒なことはしたくね〜〜って雰囲気は出ているのだが、当日に何の連絡もせず現れず、あ、私が全部やれってこと?を連発する前職のクソ上司に比べれば(そもそも比較対象がおかしいが…)、必要な時には現れているだけ一億倍マシ(当然かもしれないが…)だし、ここぞと言う時は敏腕モード?になってくれるので、それだけで本当に有難い……し、何より声を荒げないだけで一億倍マシである。先日もおじさんコラボレーションを終えたが、まあ結構適当だが(全く情報共有をしない、聞いても教えない前職のクソバカ上司①に比べれば聞いたら教えてくれるだけまた一億倍マシ…)やることはちゃんとやってくれてるし、前職のオッサンコラボレーション(戦い)よりは本当に遥かに平和的に終わった。ざっくり飄々としているように見えて、人間の機微は結構鋭く見てるような気がする(コメントが鋭い)ので、敵に回したら怖いおじさんだとは思う。陰湿なメールを深夜に送ったり怒鳴ったり決済版とかiPadとかアスクルの青いファイルを投げつけなければもう私は何でも良いよと男性上司に対しては思っているので、基準値が色々バグってるのかもしれないけど…いずれにせよ前職の団子三兄弟のヤバさが浮き彫りになって来ている。そういや前に外回りした時、前職の人事制度の問題をさらりと指摘されてびっくりしたんだった。前の職場では管理職がそれについて見ぬふりをしていたので、ほっこりみたいな管理職がズバッと立ち行かなくなるとはっきり言ったことに驚いた。

きっちりした性格の女の先輩にはぷりぷりされているが、先輩にはもっとヤバいおっさんがこの業界にいると耳打ちしたい。女性は過程を重視して、細か〜い所まで良く気付く生き物だし、男性は良くも悪くも結果重視だもんね…と、思ったが、男性だからこうと決め付ける偏見まみれの私も悪い。男女だからどうこうではなく、結局人間性が全て……わたしも相当認知が歪んでいると自覚しているけど、今でも前職の怒鳴られたトラウマ案件が蘇るし、(鋼のメンタルで何も感じなくなっても、男性の怒鳴り声ってそれだけでめちゃくちゃストレスじゃないですか?)でも結局親切にされても警戒してしまうし最早カウンセリングでも行った方が良さそうだ。

私の性格だとカウンセラーにすら疑いの目を向けてしまうのだけど…どうやったら治るんだろう。

でも昨日ほっこりおじさんと外出の帰りに話していたら、おじさんにとってはやっぱり女性が多い職場はやりにくいよ~めちゃくちゃ気を遣うよ~と言っていて、職場の性別の均一性によって生まれるある種のやりにくさは男女問わないものなんだと実感した。私は女だからおっさんに対してやっぱり無意識のうちに身構えてしまうけど、その時おっさんもまた女に対して身構えているのか………女性が多いと言っても全員が女性ではないし(おじさん以外の男性男性スタッフも数名いる)、女だけの職場で働いたことはない(それはそれで大変そう)が、女だらけのおじさん管理職も大変なんだな~やっぱハーフハーフくらいが健全なのかな。管理職が男でスタッフが女でハーフハーフでも実際は何も変わらないので、男女の権力バランス(管理職含め)がハーフハーフになることが良いなと思う。

前職にいた時は自分の状況を客観視出来なかったが、現職と比較した時に浮かび上がる物たち(同業他社なので余計)が凄くて、あれはおかしいことだったんだとようやく自認することができるようになったんだ、とAmazonで買ったチャイを飲みながら思った。

秋日記

1年で一番大好きな季節が巡ってきた。空気がきゅっとして、紅茶が本当においしくて寂しくてうっとりするような季節。転職のために人生二度目の上京をして、ちょうど半年が経ったのだなと10月頭に定期券の更新をして思った。本当に時間が過ぎるのは早い。

一応同業の職種への転職だけど、当然郷に入れば郷に従えで前職と全く違うこともあり、無茶ぶりもあったり大変なこともあるけど、やりたいことだから、楽しく過ごしている。何より職場の人間関係がかなり良い。この場合の良いは別に職場の人間と飲み会に行ったり、旅行に行ったりすることではない。怒鳴ったり、怒鳴り返したり、決済板を叩きつけたり、一人のスタッフが過剰な業務をしていても見て見ぬふりしたり、その場で言えばいいのに、わざわざメールのくだらない書き方の指摘についてccで全員を入れてネチネチ言ってきたりする人間がいないということ…思い出すと今でも血が沸き立つからここでやめよう。

狂人の男上司が優秀な女性スタッフをこき使う、こびり付いたどうにもならないジェンダーの構造。これもきつかった。今の職場はまず課長が女性だし、グループ全体的に女の人の管理職もめちゃくちゃ多い。男性上司も、その他のおじさんも女の子はクリスマスケーキで〜とか面と向かってほざく馬鹿じゃなさそうで良かった。

この前今の職場の男性上司に上司が忘れていた資料の印刷を当日の会議に準備していただけで、「ありがとう」って言われてあまりの衝撃に髪の毛がびりびりしてしまった。

え、50代の男性ってありがとうって言えるんだ…

前の職場の狂人男性上司たちは軒並み50代だったけど、どんなに彼らの尻拭いしても心からの「ありがとう」って言われたこと無かったな。1回だけあって感動したら、翌週爆弾級の仕事を押し付けられたから、ありがとうの言葉すら信用できねえんだな魂がカスだと、と割り切ったけど。そういや女性の上司にも企画の提案したら「ありがとう」って言われたから、何々この人たち翌週何か私に押し付ける序章か~?!?ってなったら、1週間後も何も起こらなかった。

そして帰宅後お風呂場で1人ちょっと泣いた。仕事内容は好きだから絶対に負けるもんかって思い続けて、何言われても傷つかねー!!!って鎌倉殿の13人のオープニングテーマ聞きながら出勤してたけど、普通に傷ついてたんだ。

魂が腐った人がいる環境にいると、言葉の裏を常に探って考えて防御する癖がついて、勝手に最悪な未来を予想して、でも大体予想を超越した最悪なことが起こり、対応することが求められるから、本当に疑い深い性格に自分がこの5年になってしまっていて愕然とした。ありがとうの言葉の裏を常に計算しているなんてやっぱりおかしいことなんだ。

この前課長に頑張ってるわねって言われた時も→頑張りを見せるのがうまい→いっぱいいっぱいってだけ?って意味→と自分でネガティブ変換してて勝手にふるえてたし。変に言葉の裏を読み過ぎて時間を悶々と過ごしてしまう癖が染み付いてる。

そんな自分が怖くなってGoogle先生に聞いたら認知の歪みらしい。確かに物事の捉え方が歪んでいる。

今思えばなんであんなに必死に頑張っていたんだろう…と思うのだけど視野が狭くなり過ぎて、見えないものを見ようとして〜〜撃沈!の日々。コロナ禍もあったし、毎日毎日必死でやり過ごして何とかすることで精一杯。

若輩者にもバンバン現場に突っ込まれたおかげで、いろんなことにタフになれたし、前職がなければ、今の職場にいることもないのは確かだ。2019年の東京出張で仕事で行って、2023年には転職するとは。縁って不思議だな。

あの経験があったからこそ今があるとは思う(ことにして)し、いつも唯一裏表なく良くしてくれ、難局を共に戦った本当に素敵な才色兼備の女の先輩とは今も連絡を取っている。

きっとこれから大変なこともあり、色々今の職場の悪い面も見えてくるのだろうけど、素直なありがとうって言葉が出てくるという点だけでも、前職よりは職場として機能しているとは思う。

わりかし思い切った決断をした自分は間違ってなかったんだよと言いたいし、何よりもこの数年いろいろ傷付いた自分がいたことを認めることからまずは始めてみようと思う。

 

 

力の指輪を巡っての考察【ネタバレ】

ドラマ力の指輪についてつらつら考え続けている。

 

トールキン作品のファンとして、最終話を見て怨念の篭った文章を書いてしまった。失望のあまりAmazonがぜんぶわるい!!と思い脚本家を今すぐ交代させろとか思ったが冷静になるとトールキン財団こそがサウロンAmazonはナスグルでトールキンの作品世界を知りたい拡充させたい未定稿の文章が出て来ればファンは涙を流し考察を始め挙句はファン同士のころしあいくらいになってしまうほどの私たちのトールキンへの伝説群への飽くなき欲望、つまりトールキン作品こそが現代のカルチャーにおける一つの指輪なのかもしれない(トールキンが寓話が大嫌いと知った上でのジョークです)

 

ドラマ化の経緯

 

ドラマ、力の指輪が作成される経緯はwikiや海外記事を参照にしてるので間違っているかもしれないがざっと要約するとこんな感じ

 

トールキンは生前ホビット指輪物語のメディア化の権利(映画、アニメ化、舞台化などなど)を現在のMiddle earth enterprise(トールキン財団ではない)に売っていた。ディズニーが大嫌いなためディズニーが関わることを金輪際禁じている。本当に映像化が嫌だったら権利を売ることもないだろうと考えられるため、トールキン自体は比較的自作品のadaptationに柔軟な考えを抱いていたと思われるが、最早真意は誰も分からない。

<追記>

下の記事を読むとトールキンの幻のラジオドラマ原稿が発掘されたようですね!

トールキン財団のイメージで教授は原作絶対尊重!のイメージがあるのですが、本人はやっぱりある程度はadaptationに柔軟な態度を示していたんだなと思います。そうじゃないと映像権生前に売らないだろうし…トールキン脚本の作品見てみたかったなあ。

www.theguardian.com

この権利が元でロード・オブ・ザ・リングホビットの映画が、シャドウ・オブ・ウォーといったゲームが作られ、中つ国世界は今も拡大している。

トールキンが生前発表した中つ国の物語はホビット指輪物語がしかない。が、この2作品よりずっと前からトールキンは自分の神話体系を考え続けていた。ホビットはそもそも子供向けに書かれた童話なので別物だったが後から神話体系に組み込んだ。指輪物語ホビット続編のつもりで書いたが気付けば神話により近いどうみても子供向けではないお話になった。この神話体系が世にも美しいシルマリルの物語である。

だがついにトールキンシルマリルを完成させることはできずに亡くなる。息子のクリストファーがトールキンの意志を引き継ぎ、せっせとオヤジのノートをまとめたり推敲したり編集を加えてくれたおかげで全トールキンオタクの旧約聖書シルマリルの物語が出版された。

クリストファーはシルマリルの物語の編纂者であるので彼に著作権が発生する。シルマリルの物語はそれはそれは美しい物語だった。クリストファーはシルマリルを絶対に誰にも渡したくないと思った物語のフェアノールそのものになってしまい、全てのトールキンのメディア化を否定した。しかし彼がトールキン財団の中心となり、父親の遺産を守り、保管してくれたおかげでオタクは死後数十年を経てもトールキン作品を供給されている。しかしロード・オブ・ザ・リングはおろか、ホビットトールキンの人生の映像化の全てにケチをつけ、全トールキンオタクを慄かせたが、同時に深く畏怖される存在だった。

クリストファーにとってはシルマリルの物語は父親の創作人生そのものだった。指輪物語は後付けに過ぎないのだ。特に父親と母親そのもののベレンルーシエンの物語が含まれた作品群をadaptationされるのは許さないことだったのだろう。その気持ちも分かる。

今回のドラマの仕上がりを見るとクリストファーが原作に固執してたのもあながち間違いではなかったなあと思う。

さて、シルマリルの物語にはこの世の始まりから力の指輪が作られた過程、ヌメノールの没落までファンが歓喜し考察をアホほど重ねる物語が収められており、世界中のオタクはこの物語がいつか実写化されれば…と願い続けていた。

一方そんなクリストファーが生涯否定し続けたロード・オブ・ザ・リングは世界中で大ヒットし、その後のあらゆる映像作品に影響を与え、映画史に金字塔を打ちたてた。トールキンの意図とは違う形の部分はかなりあるとはいえ、優れたadaptationとして世界中に愛され、おそらくトールキンの原作本の売り上げに相当な影響を与えた、が財団としては勝手に売られた映像権を勝手に映像化されたとして裁判を起こす。映画会社がピーター・ジャクソンにちゃんと給与払ってない疑惑も浮上しめちゃくちゃややこしい一つの指輪を巡るような泥沼の戦いの末、決着が着き、財団側が持ちかけたのがトールキン指輪物語ドラマ化の話だった。トールキンはテレビドラマの権利は生前には売っていなかったのだ。おそらくこの話を持ちかけたのは絶対にクリストファーではない。とするとクリストファー以外の血縁者でサウロン化した金の亡者のトールキン財団の誰かだと思われる。トールキン財団の中でも他のシーズンと絶対に映像化を認めないクリストファーとの対立があるとどこかで読んだ。誰か教えて下さい。

指輪物語のドラマ化を売る、自体よく考えると結構変だ。ロード・オブ・ザ・リングがあるのに指輪物語をドラマ化するのはマーケティング的に結構チャレンジングだと思っていた。ロード〜がカルチャー史に与えた影響は凄まじい。PJは良くも悪くもトールキンのイメージと世界観を固定化してしまっているし、(ミナスティリスとかホビット庄のイメージとか)オースティンの高慢と偏見をやり直すのとは訳が違うのだ(みんなフロドが指輪を捨てることは分かっているし)どうするんだろうと思ったら第二紀を映像化するというニュースを聞いたときは驚いたがめちゃくちゃ嬉しかった。シルマリルの物語は本当に美しい作品だが、まさに神話なのでまず映像化すると冗長な所もたくさんあるし目立つ人間キャラがベレンしかおらんし…全然知らない人から見たら指輪物語シルマリルの繋がりが分かりにくいし、第二紀というサウロンが勃興しアラゴルンの先祖が海に沈み指輪が出来る過程を描くのはスピンオフとしても納得できる。

 

Amazonが描きたかったもの(仮説)

 

Amazon指輪物語をおそらくサウロン(悪)の視点から解析するというPJがロード〜で原作から単純化した善悪二元論に喝を入れたかったのだろうなと思う。サウロンだって絶対悪じゃなくて、元は天使だったのだ。ただの目玉おやじじゃなくて、親玉に仕える優秀な部下だったのだ。映画で固定されてしまったサウロンのイメージを崩した点はこのドラマの良かった点(=第2紀を実写化することになってよかった点)だと思います。指輪本編でのエルロンドのセリフ、For nothing is evil in the beginning.をドラマでやりたいという意気込みは素晴らしい。その意気込みは悪くない、悪くないよ!!例えばサウロン以外だと映画だけ見るとイシルドゥアは悪人だ。でも原作を読めばイシルドゥアは偉大な英雄で、建国者でもある。この矛盾は何なのか?例えばボロミアやデネソールは?偉大さと慢心、善の堕落を包括するトールキンの世界感は皆が思うよりずっと複雑だと思うので、ここにメスを入れることは良いことだと思うよAmazon…だが脚本がだめなんだよ!!

サウロンは誰でしょう?をやるためにおそらくガラドリエル様を主役にし、視点人物にしつつ、意図的にハルブランドの告知の露出を減らし謎のモブキャラ風にしていたが顔立ちから見てどう見てもモブキャラじゃないし、蓋を開けてみればガラドリエル様に次いで出番も台詞も多いのハルブランドくんだったので…。

どうやらシーズンごとにサウロンを違う俳優に演じさせようとしているらしいですが、サウロン誰でしょうをあと4シーズンやるのはアホすぎると思いますが、まだ7つと9つの指輪すらできていないのでケレブリンボールを誑かすアンタナールはハルブランドの姿を取れないとは思う(俳優に特殊メイクさせない限り)ので、ここを別俳優(シェイプチェンジしたサウロン)にさせるのは良いんじゃないかと思います。ただ視聴者とガラドリエルは指輪作り営業マンは全員サウロンと分かっているので、もう何の面白みもないのですが。それかケレブリンボールさんはもう闇堕ち(サウロン/ハルブランドが遠隔操作)して、他の指輪作り出すとか??それかあの最終話の数分の段階でハルブランドくんは持ち前のカリスマ性でエレギオンを完全掌握していて、また再び指輪作り営業マンと化す…といった展開だろうか?まあもう指輪をウキウキ作る奴→サウロンって視聴者が分かってるのでサウロン誰でSHOWやるのマジで時間の無駄だと思うが他の指輪作れてないしどうするんでしょうね??ヌメノールでのガラドリエルとハルブランドの観光シーン飲み屋の乱闘事件を描くんだったら、エレギオン編に力を入れるべきだっただろうが!!今私が恐れているのは、このシェイプチェンジしたサウロン状態アンタナールを「ケレボルン」にやらせようとするカス脚本をAmazonが思い付きそうという展開です。普通に考えたらマジで頭悪い展開だがめっちゃ思いつきそう!!サウロンガラドリエルストーカーと甘ったれた描き方をしたいマーケティングとその人の愛する人に軽率に化ける薄情サウロンをミックスしたカス脚本が爆誕しないかだけが心配です。サウロンがケレボルンに化けて誑かすことは大歓迎ですが、指輪作りにケレボルンを巻き込まないでほしい。原作でガラドリエル様の心をサウロンが必死に読もうとしていて奥方が固く心を閉ざすみたいな記述がありましたが、サウロンは自分にとって利用価値のある人物に目を付けて誘惑するプロですので、ケレボルンのことはそこまであんま興味なかったと思うんですよね(自説)サウロンはノルドールやヌメノール人やサルマンといった常に何かを創造したいと思っている知的で野心的な人々の欲していることがあまりにも「分かって」しまうので、常にそこに目を付けてるし、マイアールとして本来の彼の性質もそうだった訳です。サウロンが堕落した理由とも繋がっている。ケレボルンはノルドールじゃなくてシンダリンだから、そういう所で「傲慢なエルフ」といは違うキャラ付けをして、指輪作りとか何なん?くらい言って欲しい。

ただハルブランド役のチャーリー・ヴィッカーズさんがクビになった噂も聞かないし、良い俳優なので是非うっとりするほど美しいマイロン姿のサウロンは彼がメイクしてやってもらったり、ガラドリエル様の思念対決の時はハルブランドフォームを取ってこっぴどく誑かしてほしいですが、脚本陣にこのあたりを上手く回収できる力があるとも思えないので、わけわからん脚本で頑張って必死に演じる俳優がひたすら可哀想です。

サウロンはもの凄いメゾット俳優みたいなものとチャーリー・ヴィッカーズさんがインタビューで言ってましたが、本質を言い当ててると思う。サウロンは肉体がないし、肉体や物に自分の精神を宿してるから、決まった形がないんだよね。お目目キャラになる前はイケメンだったのか!ってドラマと映画を観た人は思うかもしれないけどこの時のサウロンはイケメンに寄せる力を持っているだけで、イケメンそのものではなく、イケメンを完璧に演じれる力を持っているだけなのだ。イケメンである必要がない時はクソデカい狼や吸血鬼になっている。外面の良さがエルフや人間を騙すのに大いに役立つって分かってるサウロン性格最悪で最高!だからサウロンがバキバキの美女に化ける展開もすごく面白いしシルマリルでは実際あったしやってほしい。(あの三人娘がいなくなったの残念…)

 

このドラマには原作はないのですが、唯一原作と言えそうなのはシルマリルの物語の1番最後の「力の指輪と第三紀のこと」は、はじめにマイアールのサウロンがいた。という印象的な文章で始まるのだがおそらくこの章をベースにドラマをやっていきたい…と製作陣は思っているのではないだろうか。しかし恐ろしいことにAmazonシルマリルの映像権はない。つまりシルマリルの物語に記載されている文章、キャラクターは使えない!!指輪物語のドラマ化の権利しかトールキン財団からは貰っていない。当初はアラゴルンのスピンオフだったのだ。最終的にシルマリルなしで第二紀をやろうとすることをトールキン財団が許可した時点(Amazonが第二紀をやりたいと言ってもシルマリルの版権ないからダメ!って言い返すことはできたはず)でもう誰がどう頑張っても脚本が失敗することは自明だったのかも知れない。

(シルマリル最終章の力の指輪と第三紀については版権を売った説もあるらしい。コマ切れで版権売るトールキン財団もカスだしAmazonの脚本家はマジで原作を読んでくれ。)

Amazonジェフ・ベゾスのことも責められない。ベゾスはもう現代のアル・ファラゾーンでしょ。世界の物流を支配して、うなるほどお金を稼いでる人がやりたいことなんて少年の頃の夢を叶えるくらいしかなくない?私がベゾスだったらトールキン財団の実写化してええんで☺️って囁きに乗ってしまうと思う。権利料200億?とかでしょ。脚本家とショーランナーのセンスがアレだった点は罪だと思うが、まともな脚本家だったらシルマリル使えない時点で去っていくだろうしやはりトールキン財団こそが真のサウロンだと思います。(キッパリ)

 

権利問題が作品にどんな影響を与えているかというと例えばサウロンとフィンロドの関係。ドラマではサウロンが差し向けたオークにフィンロドは殺された風だが、シルマリルではサウロンとフィンロドがまず歌合戦!をし(中つ国では歌がうまくないと駄目です)、サウロンがフィンロドを捕らえて殺す。歌合戦でサウロンベレンを裏切るように唆し、フィンロドが否と言った時にサウロンはお前はエルフ同士で殺したノルドールやんけ俺と何が違うん?という煽りとも取れる歌を歌い返しフィンロドは負けるという非常においしいエピソードがある。

サウロンガラドリエルに因縁がある、というドラマの方向性は個人的に良いと思っている。(終わらざりしにもガラドリエルの支配欲についてふわっと書いてる。終わらざりしにはサウロンガラドリエルのことを最大の敵になると認識して媚び諂った記載もあるし、2人の関係は勿論ドラマほど露骨ではないにしても、キャラクターとして非常に共通点はある)サウロンガラドリエル様の属するエルフのノルドールは同じアウレという鍛冶や工芸を司る下級神に学んだ言わば兄弟子と弟弟子という関係で結果道は違えど非常に共通点がある描き方をされており、かつサウロンには作者公認の非常に美しい姿を取れるという設定(上司モルゴスにはない)まであり、ガラドリエルも同じく、中つ国で最も美しいという設定もある。サウロンガラドリエルも中つ国に自分の思うままの王国を作りたいという非常に近い欲望があり、フィンロドを巡る深い因縁があり、何と言ってもアマンに帰ることを2人とも拒んでいる。その理由は結局はプライドの高さに由来するもので、ガラドリエルサウロンを警戒するのは同族嫌悪とも取れる非常に美味しいエピソードだらけなのだが、こういうの全てが映像化できない制約&読み取れない謎脚本家のせいで、ハルブランドとガラドリエル関係はおろか、ガラドリエルサウロンをなぜ追うのか?という理由の根拠が「殺されたらうばいかえす!」体育会系になりふわっとしている。ノルドールが美しいものを愛し優秀なエルフであるが故にモルゴスにつけ込まれる(シルマリルを巡る戦い)のは、サウロンが秩序だった美と無意味な諍いを嫌ったため力に魅せられ超優秀な天使的存在のマイアールから堕落するのとパラレルになっている。創造欲から来る支配欲ゆえの堕落…こういったことを描くことが出来ない(脚本家がノルドールのエルフの特質についてなんかすげー傲慢な奴らという描き方をしているだけ。アロンディルがすげーいい奴になっているのと対照的)せいでドラマに致命的な欠陥が生まれている。トールキンが最も危険な欲望の一つとして描いたのは創造欲が引き起こす慢心とそれを所有したい!という欲望と捉えることも出来るし、サウロンの歌合戦実写化不可能だとしても、ガラドリエルのバックグラウンドであるノルドールエルフの知識や技術への力への欲望とサウロンを繋げてガラドリエルとハルブランド(サウロン)を描く脚本を作ることもできたはずなのだが…そういう意味ではハルブランドに俺だけは君の偉大さを理解出来るよ…って囁かせるのはよかったがもう少し丁寧に脚本紡げや!!!

ドラマ見返したらサウロンを追っているうちにサウロンと自分の区別が周りが分からなくなったみたいなセリフがありましたが、あれは完全に解釈不一致なんですよね。まずガラドリエル様が自分を見失うことなんてないと思うんですよね。自我と誇りで中つ国に踏み留まってる人だと私は思う。ガラドリエルは偉大な指導者で、自分とサウロンに共通する支配欲を持っているからこそ、(だからこそ奥方にとっても指輪の誘惑は絶大な訳で。フロドと対峙した時欲しいと願ったことを否定しませんと言った訳で)サウロンの目論みが分かるし、中つ国の誰よりも早くサウロンを警戒した。って解釈の方が良くないですかねAmazon!奥方がサルマン信用しなくてガンダルフ推しだったのもサルマンと自分が似ているからだと思うんですよ。サルマンも結局は中つ国に自分の王国を作りたくて引きこもっていますが、ガンダルフは最後まで特定の住居を持たずに放浪していた所を奥方は自分と違うと信用してたと思うんですよ。じゃあサウロンガラドリエルの何が違うって憐れみを理解できることだと思うんですよ!!!!(save or ruleなのでは?だから私はあなたの味方になることは決してない!と言い切るガラドリエル様は良かった)ハルブランドが中つ国を癒したい(=支配)って涙ぐみながら熱弁するのは大変良かった。ここはこのドラマで1番褒めていい所です。サウロンが「癒す」ってワードをチョイスする(トールキンの手紙にもあります)所に彼がかつては善だったことを伺わせてご飯何杯でもいけてしまうね。なぜならマイロン(サウロン闇堕ち前の天使時代の名前)はアイヌリンダレ(この世の始まりの音楽)の時から存在していて、その時はエルの音楽を理解出来て美しい歌を歌っていたから。その時は「癒す」ということが真に理解できたはずなのだ。アウレに仕え、物資の創造に携わっていたが私の解釈だと自分の思うように創造したい気持ち故に闇堕ちし、今のサウロンは癒しや憐れみをマジで1ミリも理解できねーー最悪な超イケメンなんですよ!!!!エルフが3つの指輪を作った理由はドラマだとおかしくなっていたが、そもそもは万物を「癒したい」という気持ち。でもサウロンの癒しとは結果全く違う思想。だからサウロンは指輪を棄てるという思想もスメアゴルを生かしたビルボの気持ちも分からない。これくらい描いてサウロンガラドリエルを繋げる演出なら万々歳でした…

それにフィンロドを倒したサウロンくんから見れば善人を気取っているノルドールエルフの小娘だって、エルフの同族殺しに関与した(ガラドリエルがどれくらい関与したかはトールキンも最後まで決め兼ねていたようですが。)血を引いてる訳でぶっちゃけノルドールエルフも相当な悪事を重ねている訳で、俺と何が違うんですかね?という最悪な煽りをかますことだってこの脚本の流れでは出来たかもしれないのですが、脚本家は本を読むのを忘れてしまったようなので、この辺もふわっとしてしまいましたね。ハルブランドとガラドリエルがヌメノールでふらふらしてる1話分でもエレギオン指輪作り編を丁寧に描けよ!!!何故ガラドリエルがハルブランド=サウロンの誘惑I would make you a queen.にグッと来たのかガラドリエルのキャラをもう少し丁寧に紡げよ!!!!Amazonトールキン財団にお金を吸い上げられているので中つ国wikiすらまともに読めないようなカス脚本家を雇ったせいで大雑把なあらすじだけ追うとガラドリエル吊橋効果でドキドキし、出会ったハルブランドがあまりにもイケメンでロマンス詐欺()に合ってしまいました⭐︎みたいにも見えかねない展開(モーフィッド・クラークもチャーリー・ヴィッカーズも非常に演技がうまいので彼らの関係が恋愛以上のcosmic conectionになってることは表現できているのだが)になってしまったことは否めない。これもあれもエレンディル然り全てのキャラクターの神話性が完全に無くなっているからだ。アル・ファラゾーンをモブキャラにしたのも許してないぞ私は。アル・ファラゾーン第二紀のクソ重要人物なんだが。アンチヒーローとしてめちゃくちゃ美味しい役じゃん。アル・ファラゾーンの政治家としての辛辣さや偉大さ、暴君ぶりを描くことはアラゴルンとも対になるところなのに!アル・ファラゾーンの無敵艦隊は節士派でも誇らしく思うほどであったのに何故モブキャラにする!!!!!映画版デネソールみたいな描き方しやがって!!!息子との関係でエレンディルファミリーと対比するのもマジでどうでもええ。エレンディルとの対比はそんなことでしなくてよい。はよミーリエルと強引に結婚して、ヌメノールを最悪にしてください。

ミーリエルとの従兄弟同士の強制結婚はトールキンにしてはかなり生々しい下り(手篭めにしたんだろうなあと想定できる)ですが、現代にも通じるアルファラゾーンの有害な男性性を描ける所なので、ここはしっかりAmazonにはきちんと描写して欲しいです。ファラゾーンの神をも恐れぬ支配欲を象徴しているので。これがポリコレ配慮で描けないとしたらなんだかなあと思います。トールキンの草稿ではミーリエルの方がファラゾーンにお熱で夫婦でサウロンを崇拝するのですが、最終的に強制結婚にしたのはファラゾーンの残虐さや欲深さを際立たせるための変更と思うのですが………つーかファラゾーンはただの官僚ではなくて王族なのですが…ドラマのファラゾーン、アマン攻め込むんか??くらいのわりと普通の政治家でモブキャラだし…(サウロンに監獄の後ろから囁かれていたからここから野心むきだしにするのかもしれませんが)

何万回も言いますが、アカルラベースで描かれた人間の不死を羨む気持ちの愚かさや悲しさとかが1ミリも描かれていなくて単にエルフきらいかー!!になってて滅茶苦茶不満、何なら作中で1番悲しかった所です。ヌメノール人の描き方はめっちゃくちゃ不満です。人の心を読んだり遠くを見たり、長寿の設定はゼロになってました。エルフ助けなかったら良かった!とか言うエレンディル、正直本当に見たくなかった……し、エレンディルの娘が王党派でファラゾーンのアホ息子と恋仲なカス展開とかマジでいる?????ナスグルの1人を女性だったら良いなと思ってたが、エレンディルの娘とファラゾーンの息子の夫妻ナスグルが爆誕したらどうしよう……タル・アンカリメ的な傲慢我儘美女女王キャラのナスグル女性を楽しみにしていたのにその線ももう無さそうですね!!

終わらざりしにヌメノール版昼ドラのアルダリオンとエレンディス(ヌメノール最初の女王、アンカリメの両親。)という非常に面白いお話があるのです。これを読むとトールキンってかなり女心分かる人じゃないかと思います。現代人に通じる悩みを持つヌメノール夫妻の悲しい話でこういった記載からオリキャラを生み出せることもできるのにね…(まあ脚本家は知らないんだろうが…)ヌメノールの細かい描写もあるのに…ドラマ見る前にここテレビに出るな⭐︎って読み直した私がバカでした!

ヌメノールのなんかひたすら下品な民衆の描写は色々ありましたが、ヌメノール、バリバリの王権社会なはずなのですが、貴族階級の描写が無かったのも謎でした。やっぱ合衆国設定なのだろうか…。ただトールキンはヌメノール人を人間の中でも「上の種族」、中つ国の人間は文明的に劣っていると設定はしているので、ここは現代に翻案すると人種差別要素を多分にはらんでいるので、ヌメノール人の慢心や愚かさをしっかり描く必要はあると思うのですが。ここが単にアンチエルフ!に単純化されているのが問題ですね。神々はご褒美として、特定の人間に長命を与えた訳ですが、結局はそれは人間に羨望を引き起こし、神々にとっても過ちだった訳です。死は平等にどんな人間にも訪れる恩寵と思えない人間の性、欲深さ、死の悲しみ……アルウェンですら間際のアラゴルンに死すべき定めの人間についての理解が出来ていなかった!って嘆くほどのエルフと人間の分断…ここら辺がまるごとカットされているの何なんだ。

 

逆にドラマの描写のような嫌な奴らの末裔のアラゴルンひたすら優秀すぎん?

サウロンのマニュフェスト

サウロンがアダルとケレブリンボールに言ったpower over the fleshを求めているっていうのもオタク的には白目むいてしまった。サウロンはエルフや人間の更に上位種族のマイアールのため、そもそも固定した肉体を持っていないから(イスタリ除く)狼にもなれば吸血鬼にもなれば美しい男にも精神を宿すことができるのでサウロンはそもそもpower over the fleshはめちゃくちゃ持っているから(ヌメノール沈没後は悍ましい姿しか取れなくなったとはいえ)サウロンが指輪作ったのってそういう理由じゃなくね??!サウロンのマニュフェストってrule them all一択だと思うんですが…メルコールが自分の思う通りに動かないアルダ生命全体を蝕んでやる!!俺こそ世界ってなっているのとは違い、サウロンは冷静に俺に隷属さえしてくれればみんないてくれていいよ(雑)中つ国が俺の傀儡政権だったら自治は認めるだと思うのでpower to rule them allなのでは…トールキンは寓話が嫌いだし意図して無かったにせよサウロンってファシズムの独裁者の香り(現代的な性格)とルシファーのメタファーが組み合わさった稀有な悪役だと思うがこの辺はややこしい問題なので口をつぐみます。(と思ったら現実社会でプーチンが旧ソビエト諸国にガチで指輪プレゼントしててヤバすぎて震えました。絶対意識してやってて事実が小説に肉薄してくる感じ最悪で怖すぎますね。トールキンの先見の明というか独裁者への洞察力すごいな。やはりサウロンの造形にファシズムは少なからず影響を与えているのではないかと思う)むしろpower over the freshを求めているのは不死の命を求めるヌメノール人だと思うのですが…。この辺の設定の雑さが本当に嫌。でもドラマのヌメノール人はただの成金キングダムで民族自決のためにエルフ嫌ってるから死を恐れたりしてないからもうええんか。サウロン来る前から堕落しきっているので速攻海に沈むからいいのか。よくないが…

power over the fleshマニュフェストにケレブリンボールが魅了されているのも変というか…二つの木を見た上のエルフって2つの世界(ふつーの世界/指輪を嵌めたら見える類の世界)で生きてるんじゃなかったけ…このドラマのエルフの描き方は耳つけた人間なのも納得いってないぞ私は!なんかめちゃくちゃアメリカ人がイメージするイギリス人って感じでね。傲慢で貴族&血統主義(でも改めて読むとアラゴルンは王政復古だしルーシエンを始めとするエルフの血を引くヌメノール人こそが人間の上位種族!あとは下の人間なのでトールキン世界は保守的でやはり人種差別である批判は免れないと思うのですが…と言っても芥川龍之介と同い年くらいの人だからしょうがないと思いたくなってしまうのだが)で常に上から目線?(ガラドリエルがヌメノールで船貸せやって言ってるシーンとかね)ヌメノールはそう考えると見た目は古代ギリシア風で役者もイギリス系だがめちゃくちゃアメリカぽいよね。誰もヌメノールで跪かなくてよい!ってミーリエルが言った時ウォーめっちゃアメリカドラマやなあって思った。あとギル・ガラドがエルロンドに半エルフは黙っておれ^_^みたいな煽りした時は全世界のトールキンオタクの顎が外れた瞬間だった。お父さまエアレンディルなのですが…まあこの台詞をクリストファー・トールキンが聞いたら発狂していたと思うからクリストファーが亡くなって見ていなかったのは彼自身にとっては救いでしたね…

エルフは中つ国を癒したい、美しいものを保持したいんですよね分かりますよアマンばりに美しくしましょうよ…ってアンタナール(サウロン)くんは誘惑したってはっきり書いてますからね。power over the fleshなんて一言もねーよ!むしろpower overr the fleshって指輪を嵌めた幽界の世界のことではないか?まあどっちにしろエルフの癒したい、美しいものを保持したいという気持ち自身は善なのだがサウロンに付け込まれる理由ともなる堕落の可能性もはらんでいる…というテーマが「おれたちは肉体をこえる!」みたいな厨二設定になっていてもう涙目です。シルマリルのアンタナールの台詞とが使えないせいで指輪の製造理由の下りもふわっとしてるし、わけわからない利権のせいで、脚本の仕上がりが酷くなって、作品世界が蹂躙されるのが辛い。

PJだってかなりキツい原作の改変を行なっていて賛否両論だったけど、映画監督として「自分はトールキンの作品をこういう風に翻案したいんだ」っていう意思やこだわりが作品に感じられた。アルウェンを絶対ねじ込むとか馳夫が悩むとかフロドがヒロインとかサウロンがレーザー光線になるとか善悪の単純さとか色々あった訳ですがトールキンをどう翻案したいかという熱意や美意識に溢れた作品だったなと改めて今回のドラマをみて思いました。

所詮Amazonはゲースロに負けない「コンテンツ」としてかトールキンを見てないのだと思います。それが全ての元凶かな。ゲースロだってそもそもトールキンがいなければ存在しえない作品だかんな!!!!

Game of Thronesはもうタイトルから見てもLord of the Ringsへのあからさまなオマージュですしショーン・ビーン(ボロミア)がネッド・スタークな時点でロード〜へのある種リスペクトを持って作品作りされてる訳ですが、きちんと別の作品にはなってましたから。王座や権力への固執でデナーリスがおかしくなるのも、鉄の王座=1つの指輪とも結びつけれるラストでしたが、権力への固執や妄執の人々が堕落する、だからこそ権力を葬るというテーマを半世紀前にトールキンはゲーム〜とは違う観点でやっている訳で、ここを原点として数々のカルチャー(ゲーム〜含む)が生まれたという事実をAmazonは分かっているのでしょうか??原点かつ頂点という描き方をしてしかるべき作品のアウラが、序盤のラブコメ風のガラドリエルとハルブランド(サウロン=ハルブランドの最終話へのミスリードとはいえ安直なマーケティングをしたAmazon許すまじ)、ひたすらクッソ感じ悪いだけのエルフとヌメノール人達、ロード〜を模倣しただけの謎のスローモーション演出(ノロリムノロリム!って言うガラドリエルレゴラスギムリオマージュのエルロンド×ドゥリン、レゴラス無双オマージュのダセェアクション)の数々をお金たっぷり豪華な映像美で見させられて何だったんだという感じです。

このドラマで最悪なのは作中のトールキン作品のキャラクター、文化のアウラが根こそぎ踏み倒されている点です。良かったのはヴァリノールとヌメノール実写化の映像美、スタッフの努力の賜物であろう美術、衣装、音楽!!ヌメノールのサントラは本当にぴったりでした。そしてサウロンも善の堕落の一つの形態であり、悪に仕えていた僕であったということ。お目目キャラからよく喋り人を誑かすルシファーとしてのキャラ付けができたこと。アダルに指摘されたように終始傲慢で人を自分の欲望のために使うガラドリエル(ノルドールエルフ)とサウロンが共鳴し合えるほど非常に似ていること…(このガラドリエル様はロスロリアンを治めれるのかどうか怪しいかなりじゃじゃ馬になってますが!!)といった描写で中つ国は簡単に善悪に分けられるものではないという点を視聴者に示せた点です。あとドラマ化にあたってトールキンファン界隈が盛り上がったのも良かったです。

 

 

でも脚本家だけが悪い訳じゃないのだ。今回のドラマの問題はトールキン財団がサウロンでベゾスはナスグル化しているアル・ファラゾーンなのだ。こんなお金と人が費やされた美しい映像のドラマをヌメノールの島同然沈んでもいいのか?Amazonは今すぐトールキン作品の節士派を雇った方がいいと思います。

 

【ネタバレ】ハウス・オブ・ザ・ドラゴン 

世界中で空前のヒットを飛ばしたゲーム・オブ・ザ・スローンズの前日弾、ハウス・オブ・ザ・ドラゴンのS1が終わった。

AmazonとHBOという2大プラットフォームで超大作を同時期リアルタイムで見れる世の中に感謝しかない。

 

デナーリスの先祖の鉄の王座を巡る人々の血みどろの闘いと言ったらそれまでのドラマに現代的なテーマが付与されており、原作(読んでないが)より爆上がりで面白くなっている。しかもそのテーマはめちゃくちゃシンプルで削ぎ落とされており、「女の主体性と家父長制」だ。

ゲーム〜は群像劇だったがこちらはゲーム〜のキングスランディングパートが基本延々と続く。なのでジョン・スノウパートやアリアパートが好きだった人はあんまり面白くないかもしれない。というかゲーム〜の舞台装置を借りた全く違う物語になっており、ドラゴンがいっぱいいるけど最早ファンタジーとも言えない。鎌倉殿の13人や最後の決闘裁判が近い。

持てる女、レイニラと持たざる女、アリセントという家父長制に抑圧された対照的な2人の女性と男性性の闘いを絶望感漂うトーンで中世ファンタジー作品特有な豪華な衣装とセットで描き続ける激鬱作品だ。(褒めてる)

女性の描き方への解析度が前作より爆上がりしている。デナーリスやサーセイが男を魅惑し、破滅させるファム・ファタールとして男の夢たっぷりに描かれていた前作(ティリオンがジョンに俺だってデナーリスを愛していたけど殺さなければ〜とか言うところとかサーセイ以外はシェイとか。男が女に狂わされたと解釈した時殺人や憎しみがロマン化される)とは違ってレイニラもアリセントも男のロマンにならない汚さを持っている。

レイニラはデナーリスにそっくりと見せかけて全く似ていない。彼女はデナーリスが持てるはずだった王女としての特権を全て持ち合わせ、父親に愛されて性虐待にも合わない。むしろ彼女が権力を行使し弱者男性に性行為をけしかける。悪びれることもせず、自由に好きな男と寝る。自分の権力のためには嘘もつけるし、親の介護はしない。I create a new order.というシーンは胸がすく思いがするが彼女の振る舞いは家父長制における高位男性にかなり近い。それが女王になるための通過儀礼だとしても。女性が男性のように振る舞えないことへの苛立ちが彼女の家父長制への反発の一つだ。むしろ反発しているからこそ名誉男性のように振る舞っているのかもしれない。デナーリスが全てを失ったところから全てを手にするストーリーならば彼女はその逆を行くのだろう。

名誉男性と違うのは、彼女は今のところまだ残虐ではない。自分に逆らう人間を秒で焼かない。デナーリスは最初から自分に跪かなかった人間に対しとことん残虐だった。それはターガリエン特有の仕草でもある。ダメ父親とアリセントに幼少期から愛情を一心に受けて育っているから愛が死かみたいなデナーリス的激しさは持ち合わせていない。(デナーリスに似ているのはむしろデイモンだ)

対になるアリセントは複雑なキャラクターだ。歴史書で描かれる最悪な継母そのものの人生を歩みながらも、彼女が幼少期から家族に愛されず、(強い繋がりを持った母親は早逝し、馬上槍試合で闘う兄は一切描写されない)父親の政治のコマとして、老いた夫の性奴隷として、そして看護婦として男たちに完璧に尽くしてしまう。精神的な虐待を受け続けているにも関わらず、「慎みと法のため」我慢に我慢を重ね、制度そのものではなく、自由に振る舞う女性=レイニラを憎む。

家父長制ゴリゴリの日本社会に生きる女性にとって、登場人物の中で一番共感できるのはアリセント(ドラマの方)ではないだろうか。アリセントのような女性は男性から見れば賢夫人と讃えられそうだが、彼女が悉く主体性を奪われた女性という描き方が良かった。彼女が爪をむしるシーン、ヴィセ―リスとデイモンに軽く嘲笑されるシーン、子作りと子育てを延々と強要されるシーン、介護するシーン…すべて今この日本で起こっていることだ。アリセントはアメリカで非常に嫌われているようだが、欧米人から見るとアリセントのような女性は自分の意見を持たず(制度を破壊しようと思いすらしない)、ヒステリックで嫌な女なんだと思う。こういうヒロインは今まで映画やドラマに出てきそうで出てこなかった。野心家の継母というステレオタイプを複雑化したキャラクターだ。息子が侍女をレイプして、堕胎薬を渡す時の悲しさと嫌悪感のあの全てを諦めた表情、家父長制に染まりきった女性、そしてもはや何が自分を苦しめているのかもわからないほど(「人がどう思うか全て」と語るように)自己を喪失し虐待された女性の表情そのものだった。オリヴィア・クックの大人アリセントのいつも手を前で組んで爪をギュッとしている仕草がアリセントの抑圧を示していてよかった。王宮で一番身分が高い女性なのに、ドラゴンがない(=武力がないから)彼女は今でも自分の望みをかなえるために、男たちに性的奉仕をしなければならないのだ。この辺りもぞっとした。

家父長制に忠実なアリセントは男性の側にいることが多いがずっと無表情だ。(ヴィセーリス王とのあの表情!)彼女のセクシャリティーは、すごくクローゼットなレズビアンか、アセクシャルな気がする。凄く悲しいのは彼女が1番愛しているのは今も昔もレイニラだ。レイニラが〜と言う時だけアリセントは必ず感情的になっている。完璧な主婦、母親を求められながらも女友達への強い想いを抱え続けているのは私が大好きな映画「めぐりあう時間たち」でジュリアン・ムーアが演じるローラ(見た目もアリセントに似ている)に凄く似ている。レイニラもアリセントを愛しているが、アリセントだけを愛している訳ではない。そのズレが男たちの奸計により彼女たちを引き離す。

男たちのクズ度の解析度も上がっている。ジョフリー、ラムジー、ユーロンは皆殺人大好きクソ野郎で、同じカテゴリーの人間だったが、強制帝王切開、娘の友達と結婚する父親、娘をベッドに送る父親、逆ギレミソジニー男、足フェチ男などクソ男の盛り合わせ弁当だ。ここまで盛り合わせるか?というくらい。

薔薇戦争や中世史で繰り返し描かれてきた先妻の子vs若い継母とその子の血みどろの王座争奪戦をHBOがドラマ化のテーマにすると言った時、ゲースロのキングスランディングパート大好きだけどそれだけをドラマ化すると二番煎じ感あるなあと思っていたが杞憂だった。家父長制とフェミニズムの視点をメインにそれ以外は装置としてバッサリ削ぎ落として描く。キャラクターが大量にいた前作と違い、レイニラが主人公、アリセント、ヴィセーリス、デイモン、ほぼこの4人のドラマだもんなあ。大胆な翻案ならば何処かの歴史ドラマで何回も見た展開にここまで深みがでる。Amazon聞いとるか??要は脚本なんだよ脚本!!!!ハァ〜〜力の指輪もHBOがやってくれたらなあ〜〜なんならネトフリのアラゴルンのスピンオフの方が良かった。トールキン財団もAmazonにあんな作品を作らせるなんてもう同罪だよ!!!!むしろハウスオブザドラゴンの原案よりはるかに多種多様なトピックが追補編にゴロゴロしてるのに無視&捻じ曲げだからな。

 

ただ、前作が持つ圧倒的個性を放つキャラクターがまだおらず(ティリオンやサーセイ)、GOTほどの名ゼリフもいまだ生まれていない。 際立った悪役もいないが、応援したくもなるキャラクターもいない(のも狙いなのかもしれない。)

その中でマット・スミスが演じるデーモン・ターガリエンはターガリエンの悪いところ全部盛りなのだが、彼なりの論理と美学を持っており、なかなかのアンチヒーローっぷりになっている。図らずして?ハルブランドしかりファンタジー作品のアンチヒーローには恵まれた一年となった。 

20年代のファンタジーでは約束された剣を持ったアラゴルンやイケオジエレンディルでは脚本家的にはだめで、アンチヒーローでなければならず、かつ、アンチヒーローは狡猾で人を操り、利己的で残酷な美形でないとだめなのだ。(マット・スミスはふとした時にハッとする美しさがあり、チャーリー・ヴィッカースは影のある超イケメンだ)

2つのファンタジー作品でデイモンがドラゴンを起こし/ハルブランドが指輪を作るためにモルドールに趣くというクリフハンガーで終わったのは偶然ではない。正統派のヒーローはおらず、ヒロインもいない。その代わりにアンチヒーローは有害な男性性を持つが人を魅惑する危険な悪役でなければならない。映画ジョーカーが大ヒットしたときにも思ったのたが、ここまでアンチヒーローがウケている社会は社会的に結構危険な兆候だと思う。デイモンもハルブランド(サウロン)も目指す政治体制は独裁だからだ。 デイモンを民の事も一応考えている風だが(レイニラの口から民を心配するセリフは出てこない)彼はドラゴンに異様に固執しているし、かなり暴力的なので民主主義を樹立するとは思えない。まあターガリエンは所詮人間なので王はいつか死ぬので血統に拘りながら権力は移動するが、チート民族マイアールのハルブランドくんことサウロンは基本は死なないので、権力を誰とも分つことはせず、全ての有力な多民族を優秀株をリクルーティング(ドラマのガラドリエルも所詮は候補者の1人)し、ナスグル化させて支配する絶対俺様独裁を敷いてしまうことができる立場なのだ。デイモンもハルブランドめやってることは無茶苦茶だが、それぞれのロジックは一貫しており、デイモンは「やっぱりターガリエン(兄ちゃん)しか勝たん」ハルブランドは「やっぱり支配しか勝たん」なのでお互いの美学に沿った行動をしているため、魅惑的なのだ。まあどっちもめちゃくちゃヤベェ男だが…

これが欲しいんだろ?というような制作側の安易さも感じるし、乗るのが悔しいのだが、こんなにアンチヒーローが英雄視される世の中も混沌としてきて不安になる。

所代わって日本の大河ドラマの鎌倉殿の13人での北条義時も胸がすくほど相当なアンチヒーロー(殺人脅迫陰謀)っぷりだった。やっぱり2020年代の映像作品はアンチヒーロー一択ですね!!ヒーローの基準が変わってるんだろうなあ。この辺誰か考察して欲しい!

 

出産の悍ましさで始まり悍ましさで終わるのも円環的な描き方で良かった。エマ・ダーシーとオリヴィア・クックの演技は白眉ものだ。壮大なスケールで描くファンタジー作品とは程遠いターガリエン滅亡ENDの地獄の盛り合わせ弁当といった趣きだが、スケールの小ささを逆手に取ったシーズン1だった。

 

 

 

 

【ネタバレ】力の指輪 

Amazonがめちゃくちゃお金をかけて作ったドラマ力の指輪をみた。

 

 

Amazon創始者トールキンオタクだそうで金にモノを言わせ実写ドラマをつくれるの羨ましすぎると思う。が、個人的に物凄く楽しみにしていたが、色々残念な所と素晴らしい所があり、私に脚本をやらせてくれと思った

Amazonに言いたい

 

トールキン作品はゲームオブスローンズじゃねえ

HBOのゲームオブスローンズの大ヒットを受けprime Videoで負けないような傑作を作る!!!フガ!とAmazonが息巻いているニュースを読んだ時からめちゃくちゃ嫌な予感がしていた。

だってトールキン作品ってゲームオブスローンズ じゃないから。ゲームオブスローンズってのは作者Gマーティンのトールキン作品へのアンチラブレター💌なんです。アラゴルンの治世が100年続いたよって記述に実際何が起こったのか?って作者の疑問からリアリズムをファンタジーにぶち込んだのがゲームオブスローンズじゃね?てかゲームオブスローンズ ってほぼ薔薇戦争だから歴史小説に近いんだよ登場人物基本クズ人間だしさ。

中つ国の複数の場所で複数のキャラクターの物語が展開される手法もまんまゲームオブスローンズだったがそれは良しとしてキャラクターの神話性が0になっていたのがやっぱめちゃくちゃ残念だった。ガラドリエル様役の女優さんは美しく演技も素晴らしいしガラドリエルサウロンのコインの面裏関係なのはめちゃくちゃ素晴らしい解釈だと思う(後述)のだが、ヌメノールの船の中でご飯をガツガツ食べるガラドリエル様見たくないよ〜〜っ!!いくら若いからって上のエルフぞ?エルフがクソ傲慢なサイコパス集団なのはシルマリルでも良く分かるがトールキンが描いたエルフ像(黒人エルフは全く問題ではない。エルフという種族へのアウラが台詞や演出に感じられないことがぐぬぬ…とんがり耳付けた人間ではないんですよエルフは)にもう少し忠実であって欲しかった…エルロンドのキャスティングとか若ネッド・スタークやんけ…

 

②ヌメノール、そして南方国って何?

このシリーズの最大の見どころの一つって第二紀のヌメノールの没落だと思います。

ヌメノールのめちゃくちゃ金をかけている実写はめちゃくちゃ感動した。初めて追補編やアルカラベースを読んだ時に想像したヌメノールがそのまんま出てきた時は咽び泣いた。エレンディルやイシルドゥア出てきた時も咽び泣いた、が、エレンディルのファミリーシットコムドラマはマジでいらん。エレンディルがネッドスタークっぽいキャラ付けでイシルドゥアは何も知らないジョン・スノウばりにイライラさせられオリキャラの娘はまんまアリアスタークっぽいしここでもゲースロの悪影響がみえた。

ヌメノール人って基本良い人間たちではないから。どこまでも傲慢で不遜でエルフに近付き過ぎた人間…しかし所詮死すべき定めって所が悲しいのに。中つ国を植民地化する黒きヌメノール人ってイギリスの帝国主義の象徴みたいな解釈くるか?って思ったらそれもあんまないし。アルファラゾーンがトランプみたいな大衆政治家で南方国に貸しを作り奴隷貿易やるぜ!見た目がめちゃくちゃアルファラゾーンなのは良かったが、ヌメノール人もギャアギャア言ってる人間族ってだけな印象が拭えず、ミーリエル女王が何で急にガラドリエル(不法侵入)を信頼するのかも分からない。

ヌメノールという国が反エルフになったのは民族自決したいからや!…と単純化されていたがヌメノールの没落の根底にある死の恐怖、他の人間族と同じように死んでいくことが恩寵と思えない人間の性の哀しさみたいなものは一切描写されずただの成金キングダム(アメリカへの嫌味?)になっていたのがアルカラベース大好き人間として許せないよ…

 

南方国に至っては設定が??すぎて、これから明らかになるのかもしれないが、まずモルドールにはサウロン前に民がいた!ってのは納得できるとしてハラドリムの皆さんどこに行きましたか?原作の南方人と文化が違い、かなりロヒアリムに寄せているのは何故??モルゴスに与した〜ってことは非エダインなんだろうけど、名前とか家の感じがローハンなのはなんなんだ。死者の道にいた民族なのか?とも思ったが何か違う………アジア人のトールキンオタクとしてトールキン作品の中のアジア文化を見たかったんだが結局白人の王様を担ごうとするしなんかそういう所がウェ〜〜って感じだ。

⭐︎追記

The people of Middle Earth(トールキンの草稿や未完の物語集)にTal Elmarという作品があり、ヌメノールの侵略をWilde men(野人?)の青年から描く研究、議論しがいのありまくる謎の15ページくらいのお話が残っている。

Tal-Elmar (chapter) - Tolkien Gateway

トールキンが描く侵略された側の中つ国の物語の断片の存在トールキンと人種差別問題が論じられる中で、議論されてしかるべきだと思うのだが、見かけたことがない。トールキンがこのお話を断片だとしても(どんな結末が待っていたとはいえ)、残したことはとても意味があることだと思う。アルダの物語をいかに西洋社会中心の保守的な話と断定すること(勿論保守的なカトリック信者が描いた話ではあるので、トールキンの世界では西へ行けば行くほど善良な民が住み、東に行けば悪が蔓延る…のだがそこから漏れている野人やスメアゴルやリューンといったキャラクターや名前があり、西にいる民にも邪悪な者はいる。単純化されたキリスト教的善悪の世界と思いきやそうとも言えない)が早計かということだ。

2020年代トールキン作品を映像化するにあたって私はこういった視点が描かれたらなんて素敵なんだ!Amazon宜しくお願いします🤲と願っていた。Amazonは全てを統べる巨大本屋でもあるので、版権が取り切れてなくてもThe people of Middle Earthへオマージュを捧げることは可能なんだから南方国のストーリーはこういったマイノリティー側の中つ国にもフィーチャーしてくれるのかと思いきや、人種の多様性だけなぞったキャスティングだけで肝心のストーリーはヌメノールの援軍をあっさり受け入れ、どうみてもジェネリックアラゴルンな白人男性ハルブランドくん(偽)を王としてあっさりあっさり受け入れ、あっさりブロンウィンが南方国を捨てることまで受け入れヌメノールが与えてくれた場所で頑張るわ💪になっており?!?!???ナスグルになるかと思った。ハルブランドくん改めサウロンも人間ってチョロ〜〜〜!って思ったでしょうよ!まあこの脚本の段階で、脚本家は追補編の第二紀の年表をチラ見しただけ&映画だけで書いたんだろうな〜〜シルマリルHistory Middle Earthも終わらざりし物語も1ミリも読んでないんだろうなってことが確定した瞬間だった。むしろ脚本家よりハルブランド役のチャーリー・ヴィッカーズの方がトールキンの手紙やサウロン猫時代(草稿)にもインタビューで言及してるあたり、脚本家より読書量多そう…というか俳優は脚本だけを読んでそこからイマジネーションを沸かせ演じることも全然普通にあるだろうが、脚本家がこんな長大な原作物語集を1ミリも読んでない(としか思えない脚本)ってなんなんだ、、、、トールキンをドル箱コンテンツしか見てないんだなAmazonは。PJにはトールキンの準創造へのリスペクトがあったけど準創造の言葉すら知らなさそう。だって脚本家の1人がトイストーリー4だし。(罵倒)

 

ガラドリエル×サウロンというパワーカップル

ガラドリエルと偶然旅を共にすることになったハルブランドという名のジェネリック・ヴィゴ・モーテーセン・アラゴルンがまさかのサウロンだった!しかもガラドリエルへのクソデカ感情を抱えているという衝撃展開!力を失って?フラフラしてたところをガラドリエルに出会いお尻を叩かれまさかの冥王として本格始動した裏にはサウロン絶対殺すマンガラドリエルがいた…という賛否両論を生みそうな展開。

ハルブランド役の俳優がヴィゴモーテーセンアラゴルンにそっくりな私好みのハンサムな人な段階でサウロン?ナスグル?と話題になっていたけど、がっつりサウロンでした…アラゴルンに似たキャスティング、ルックスのサウロンって良い。見た目がレゴラスな若サウロンを想像していたけど、サウロンってめちゃくちゃ人間(ヌメノール)に執着して悪事を働くから変装も人間のイケメンに寄せていたって謎の説得力あるし。鍛冶屋って設定もしっかり生きていました。ハルブランド=サウロンの面白いのはサウロントリックスター的悪役にしているところかな。映画ではサウロンって性格がないお目目でレーザー光線オバケだったのが北欧神話のロキやリチャード3世、ミルトンの失楽園(後者2作はハルブランド役のチャーリー・ヴィッカースさんがオーディション時に演じさせられたとインタビューで言っていた)を参考にしたであろう悪役にしていたのは凄くよかったと個人的には思う。サウロンってお目目になる前は意外とを弱くて人間臭いし。

ガラドリエルを1番理解しているのがサウロンサウロンの無自覚な初恋クソデカ感情?(ハルブランドの俳優がromantic relationshipではなくてそれ以上〜って言ってたのに大安堵した)はガラドリエルというのは凄い怖かった。サウロンガラドリエルを誘惑するシーン、性描写1ミリもないのにめちゃくちゃセクシーだったし俳優同士の演技力のおかげで陳腐なシーンじゃなくなって良かった。配信前のプロモビデオでガラドリエル×ハルブランドかアルウェン×アラゴルンみたいな映し方をされていてそんな展開になったら発狂すると思っていたが(ミスリードのためとは言え2度とそんな陳腐なプロモーションをするなAmazon)ケレボルンも名前だけ出てきたし種族を超えた恋愛〜にならなくて本当に本当によかった。

ハルブランドはガラドリエルがずーっと誰かに言って欲しかった台詞を的確なタイミングで言うんですよね。めっちゃ頑張ったね。めっちゃ美人だね。ケレブリンボールにも言ってたね。まさにサウロンの甘言。測りがたいほど高く、耐えがたいほど美しく、戦慄すべき恐ろしさとともに、あがむべき尊厳さを備えている女王にしよう…ガラドリエル指輪物語でフロドに言ったセリフを言ってくれる。(見返したら映画版の台詞かな?)彼女の尋常ではない支配欲と野心を見透かし、シーズン1中掌で転がし続けていたもんね。しかも英語でQueenって王妃の意味もあるし完全に自分の妻、ないしパートナーとして彼女を求めている。(と思ったがサウロンは恋愛感情知らないから共同統治者として利用しまくるつもりでおり、セクシャルに精神誘惑を試みた…の解釈の方が正しいかも。中つ国ロマンス詐欺じゃん)ガラドリエルのハルブランドへの感情は魂の共鳴者!オーク殺すで!って感じだったけどハルブランド→ガラドリエルはある意味ピュアに必死にプロポーズ(リクルーティング)したのにガラドリエルにガチギレされて本人発狂してたのもリアルでよい。ハウスオブザドラゴンでもそうだったけどある種ピュアな男が権力志向で強い女と良い感じになったもののフラれ発狂しその女を地の果てまで追い詰めてやる!逆恨みパワー!を描くの流行ってんのかな。ピュアな女が男を逆恨みするホラーはいっぱいあったけど、逆バージョンになると色んな意味で本気で怖い。

サウロンが指輪2個作るで!ってキラキラした顔で言ったのガラドリエルと2人で使うための結婚指輪()だったの笑った。その後秒で1個増産されたし。

と思ったがハルブランドくんはsave(救済)とrule(支配)の違い分からないんだよね☺️って微笑むモラハラ野郎だからガラドリエル様をナスグル化させることがプロポーズ()になっちゃうんだから悲しいね〜〜

この2人の愛憎(サウロンガラドリエル)が中つ国をめちゃくちゃにしちゃうのかな。お互いを殺したかったでしょうが、殺せなかったのも良い。サウロンの誘惑は第三紀でフロドと対峙するまでガラドリエルの心に爪痕を残し続けたの凄い解釈だ。サウロンの甘言を退けて立ち続けることがガラドリエル様の数千年のパワーの源。この2人が共同統治したら中つ国秒で消滅するのか、案外統治者としてうまくいくのか?いずれにしてもそりゃ旦那の存在影になるわ。やっとその呪いに打ち勝った時に西に去れるガラドリエル様……サウロン重…

なんかもう役者の魅力だけでなんとかなってるカップリングだしS2でケレボルンに化けるサウロンくんが見れたらいいかな〜〜〜

 

 

ハーフットしか善人がいなかったし色々思うところしかないので、Amazon、スタッフとして私を雇ってくれ…

 

⭐︎追記⭐︎

見返して思ったのだがサウロンが初めからモルドールつくるもーん鼻からガラドリエルのことを利用しまくるもーん!と計画し動いていたらプロポーズ(リクルーティング)シーンも恋愛感情知らないくせに敢えてセクシャルに誘惑して(クソデカ感情が漏れてしまったではなく)ガラドリエル様に挑戦したがガラ様を舐めてはいけない…!になったのかもしれない。(フィンロド兄の短剣に気付いてるし)

鼻から全て演技だったのかどうかも含め中の人もそこは微妙にぼかしていると言っていたし、そこら辺ぼかしてくれてよかった〜〜〜!!!!解釈一致!!とにかくガラドリエルとハルブランドをベレンルーシエンみたいにしたらAmazon primeやめるかもしれないと思ったので。拗ねて筏で彷徨っていたところからS2からガラドリエルのこと恨みまくってトリックスターとして悪事を働きまくりファラゾーンに甘言を吐いてヌメノール沈没させて高笑いしてくれるであろう君にしか期待できない。ガラドリエルが私がサウロンを説得してみせるわ!キリッとか言って単身でモルドール乗り込むとか言うカス脚本も多いにあり得るが、直接対決はせず思念の中で対決に留める品の良さをAmazonには求めているよ私は。

Lord of the Ringsってサウロンのことだから、キャラクターがブレまくっているガラドリエル様ではなくサウロンを主人公としてバリバリ悪事働いてほしいね。このドラマでもはや原作に沿った動きしてるのサウロン/ハルブランドくんだけなので…タイミングは違えどヌメノールに捕虜として訪れファラゾーンを誘惑、影から操る(牢屋からファラゾーンに接近してたもんね)見目麗しい姿をしてエレギオンに現れ、力の指輪作成に携わる。)ガラドリエル様がアマンに帰ることを拒んだのは事実ですが船から飛び降りてもいないしヌメノールに爆着したことやフィンロド兄の短剣のエピソードはシルマリルや終わらざりしを血眼に読んでも出てこない。ガラドリエル様の動きが1ミリも原作に寄り添っていないのにも関わらず彼女を主人公にしたのが脚本の致命的なミスだと思う…

 

 

サウロンのキャラクターをレーザー光線お化けから複雑化したのはよかった。(第一紀〜シルマリルにもサウロンは一瞬は後悔し、ヴァラールの偉大さに感服しちゃう弱さがあるからね。サウロンの特質って甘言で人を操作する狡猾さと全てを管理整頓したい!っていう所だからみんなを繋ぎ止めるため指輪も自分でせっせと作るしね。シルマリル強奪した上司(ほぼ神)とはそういう所が違う(精霊)し現代的なのだ。ヌメノールでも自分を拝ませるのではなく上司にそこは譲るしなかなかの部下なのだ。

サウロンの不思議な点はヌメノールで邪教(モルゴス)信仰を広めさせた神官兼政策アドバイザーに就任した点だと前から思っていて、少なくとも第二紀では自分が神になりたいと思ってなさそうな所。モルゴスの鎖=影響をまだ脱せず、モルゴスが復活することすらうっすら願っていたのかな?と思う。健気じゃないですか!ヌメノール沈没の時に高笑いしながら段々イルヴァタールの怒りに触れて心から恐れ、海の底でモルゴス様お助けを〜!イルヴァタール様〜!!って言ってほしい。が、この脚本のままだと多分海の底でサウロンが呼ぶ名前はガラドリエル一択っぽいな…ガラドリエルが海で沈んだ時にハルブランドが潜って助け、誘惑の際にガラドリエルを海に置き去りにしたの絶対伏線だと思うので。そこでガラドリエル様を呼んでほしくない。海底でぼろぼろになり魂の一切れになっても中つ国に復讐するパワーを見せてほしい。

ガラドリエル様に認められたくて俺こんなに1人でプロジェクト回してる(ヌメノール没落コース、ナスグル誕生、一つの指輪爆誕)んやが??ってなって周囲をドン引きさせる悪事を働いてくれることを祈っている。ケレブリンボールもしっかり嬲り殺して頂いてガラドリエルの怒りを買って下さい。またこの脚本だとそういうところは端折りそうだが…

第二紀のサウロンがアンタナールと名乗って美しい見た目をしてエルフに接近した…という記載と映画版のエルフのイメージからサウロンイケメン時代=レゴラス系の美貌と思っていたけど、それを裏切るキャスティングなのは良かった。今回のエルフの描写は短髪が多かったのも面白かったな。あんまみんなエルフに見えなかったけど。(フィンロドは素敵だった。サウロンフィンロドも大変良かった)

ケレブリンボールがただのマッドサイエンティストになりエピソード終盤に唐突に現れるのもかなり気になるしおかしい。ケレブリンボールがサウロンにじわじわ誘惑されたのは物語上めちゃくちゃ重要なのに、小僧ハルブランドに逆に指輪の作り方指南されて秒で操られている有様!誘惑はガラドリエルとの絡みを描くせいでカットされたのか。こういう所が嫌だーー!!!!!!追補編の第二紀の数ページの記載を5シーズンに渡り膨らませるくせに原作記載はカット???!?脚本家ほんまにトールキン作品読んだんか??(読んでない)S2はハウスオブザドラゴンに負けないように優秀な脚本家かPJに土下座して大枚叩いて雇ってほしい。本当に。

 

★キャスティングについて

ガラドリエル役のモーフィッド・クラークとハルブランド役のチャーリー・ヴィッカースの演技力のおかげで破綻した脚本が何とかなっていた場面が多々あるのでAmazonはギャラを上げて下さい。この2人の演技力が他キャストと比べてもずば抜けていた。モーフィッドさんはハッとするほど狂気を秘めた美しさを称えていて死すべき定めには見えない雰囲気があり素晴らしかった、がそれだけに脚本がほんとうに残念でならない。やめられないないから!って目を爛々とさせるガラドリエルさま素敵だった。キャスティングそのままで仔馬ガラドリエル様ではなく、奥方ガラドリエル様が見たかった……ミーリエルの方の佇まいも素敵だった。

 

ハルブランド役の人自分の役がサウロンって知ったの3話収録時だったぜ⭐︎とか言ってるが俳優に演じる役をオーディション合格後も隠すって何なんだ???世界一有名な悪役演じるんだから教えたれよ。全然美談じゃないしこういう所一つとってもAmazonスタジオ信じられね〜

チャーリー・ヴィッカーズさんは素晴らしかったですけどね!8話までフン!ジェネリックアラゴルンだしヴィゴの方がかっこいいわ〜〜って思ったけど8話のワクワク指輪作り工房見習い編からどんどんかっこよく見えて来て俺は最初の静寂から目覚めてたぜ…沢山の名前があるぜ…(雑)のシーンは怖くてマイアール感があり本当に良かったです。あと身長がガラドリエル様おろかエレンディルよりもデカくてあれ?ってなったけどマイアールだったら納得だ。正体がバレた時の上目遣いとかが猫っぽいな〜って思っていたら好きなキャラにティヴィルド(草稿のサウロンの原型の巨大なにゃんこ🐈‍⬛)を挙げていたりするから猫っぽく演じてたりするのかな。目の色がグレーともグリーンともつかないちょっと邪悪な色合いなのも良いキャスティングだ。サウロン役の俳優がブルーアイなんてあり得ない。ヴィゴ似かつクソデカ身長かつ目力強めな俳優なんてなかなか見つからないと思う。

ガラドリエルとの関係をロマンティックじゃないと断言したり、ガラドリエルと同盟結んでも自分が力を持つことに固執するだろうと言ったり原作をしっかり読んでいて人を利用する支配する狡猾さといったサウロンの本質をブレずに捉えていることだけがもう救いですね!ガラドリエル様の株は下降しまくってますがサウロンの株は鰻登りだと思うのでもう本当にそれだけが救いでしかない。髭なしの状態だとより精悍でエルフ感もあるのでアンタナールも全然出来そうなのでシーズン2は晴れて劇的に悪事働いてほしいね。チャーリー・ヴィッカーズさんも彼はevilって言ってるしとにかく邪悪に狡猾に魅力的に指輪爆誕させるが以外と負けっぱなしのサウロンを演じさせてあげてくれ。こんな素晴らしい俳優陣をキャスティングしたのにS2のサウロンもキャラ変したらもうこのドラマは速攻打ち切りでよいよ。ケレブリンボールをサウロンが嬲り殺さず情を見せたりするorガラドリエル様を殺すことを躊躇うサウロン…とか脚本になったらもう泣く!!お互い憎しみあってボコボコにパワー対決しておくれ。ケレブリンボールの遺体を吊るして進軍するハルブランドくん改めサウロンにガチギレ、ドン引きするガラドリエル様とケレボルンに期待してS2みるので…サウロンのキャラをブレさせるとなんで指輪捨てにいくねんガラドリエル様指輪の試練に買った!の意味って何だって話もなるからお願いだから脚本家は原作読んで下さい。

エレンディル役とファラゾーン役の人はイメージ通り、ミーリエル役はイメージ違ったけどありだな〜と思った。

イシルドゥア役とエルロンド役は受け付けられない。ごめんね。特にイシルドゥアがカス&リーダーとしての資質ゼロすぎてこんなんでゴンドールアルノール建国できんの??と思ってしまう。エルロンドはネッド・スタークにしかみえないごめんなさい。

 

 

 

 

 

 

12月のパルティータ

12月上旬にずっとずっと楽しみにしていたクリスチャン・ツィメルマンのリサイタルに職場のポーランド人と行ってきた。 

凄く恥ずかしいことだが、一応文化芸術の仕事をしているのに自分が制作する公演やコンサート以外のコンサートやお芝居を見る機会が殆ど無かった。勉強のためにもっと見たり聴いたりしなきゃいけないのは重々分かっている。でもこの業界でまだまだペーペー(一応)の私はコロナ禍の中ポカをせずに気配りをし日々の公演を回すのでいつもいっぱいいっぱいで特に体力がめっちゃある訳ではない私が今年は特に20連勤とかしまくっているので、心の余裕が本当に無くなってしまい、iphoneで通勤中にギドン・クレーメルシャコンヌを聞いて号泣してしまうくらい心がピキポキしていた。芸術と休みを摂取しないと終わる…と思い詰めていたところ職場のど天然ポーランド人Mがクリスチャン・ツィメルマン来日するじゃん!行こうよ!チケット取って!!と唐突にチラシを私のデスクでピラピラしてくれなかったら、「来日するんだー、でもリハの立ち会い終わって定時退社しなきゃいけないから間に合わないかも…」とか考えてコンサートに行くのを見送っていたかもしれない。

ポーランドが産んだスーパースター、今話題のショパンコンクールに優勝経験を持つクリスチャン・ツィメルマン様が世界がこんな風になってもピアノのリサイタルを開催してくれること自体が奇跡だ。(羽生結弦選手が平昌オリンピックで金メダルを取ったショートプログラムのバラード1番は彼の演奏)バッハのパルティータ、ブラームスの間奏曲、ショパンソナタがプログラムで、どれを取ってももう本当に全身万華鏡にいるようなキラキラした音にずっと身を委ねた2時間で、最後のソナタはピアノと取っ組み合いのような姿勢のツィメルマンから発せられるパワーで怒涛の終結部に呆然とした。バッハはこの世界への鎮魂歌のようだったしブラームスはそっと歌い上げるよう。完全にボキャ貧になってしまう〜

終わった後、身体に他の音楽が入ってくるのが嫌でひたすら頭の中で音楽を蘇らせていた。本当に美しい時間だった。

 

https://music.apple.com/jp/album/%E5%B9%BB%E6%83%B3%E6%9B%B2-%E3%83%98%E7%9F%AD%E8%AA%BF-%E4%BD%9C%E5%93%8149/1440776206?i=1440776680

 

 

夏休みとワルシャワ蜂起

法定休日スレスレ♡地獄の連勤♡が終わり長めの休みにようやく突入し、日々クーラーの効いた部屋で怠惰を貪っている。

本当なら旅行に行きたい。しかし何よりもマジでコロナに罹りたくない。何故なら罹ればキャンセルと払い戻しになり迷惑が各所にかかりとても辛くなる。しっかり奴隷根性をやっているなあ

 

職場の穏やかかつ仕事が早いXさん(仮名奇跡の逸材)から、仕事を辞めたいという相談?を連休前に受ける。悔し涙ながらに語る姿を見てヴォーンとなる。でも…と彼女は言う。ウニ子さんは絶対泣きませんよね?!

わたしの前任者と前前任者はやや狂った上司によるハラスメントで上手くいかなくなり退職or部署替えになったらしいが私は何故か異常に気が強い所があり、赤の他人に自分の精神をめちゃめちゃにされることを断じて断じて許さない(他人のせいでメンタルヘルスが擦り減るなんてマジでムカつきません?)高校を首席卒業しているため、また、親族に本当に狂ったメンツが数名いるので狂人への耐性が高いため、あるいはもう既に半分狂っているため生存しているものと思われる。

 

よく(仕事)大丈夫?と気の優しい人々が声を掛けるが、こう答える。大丈夫です。今は、ワルシャワ蜂起のことを考えていたので。

こう言うと狂人がこいつ狂っとんな…みたいな目つきで私を見たので、良かったなと思う。

ワルシャワ蜂起と発作的に答えた理由は、本当にワルシャワ蜂起のことを考えていたのだが、例え私の蜂起が失敗しても、お前らナチスはいずれ降伏する。という裏の意味があったのだが、お分かりいただけましたでしょうか?

 

私が現時点でしんどいなーだるいなーと思うことなど、人間の本当の悪意の露出である戦争や天災に比べればどう見たって、絶対的に大したことはない。ただ黙々と仕事をしていると、自分の意識が脳みそいっぱいに染み出して一つの考えに支配されそうになる。そうやって自分中心のぶよぶよになった物差しを無理矢理戻すために異国の歴史を読むことにしている。とは泣く彼女には言えず、あなたはここに必要な人材だと思うよ…無論あなたの選択は尊重されるべきだけどと答えることしかできなかった。

 

 

異国の歴史を読むのは上記の理由だけでなく、ポーランド人がQ1漢字とカタカナと平仮名を何故日本人は使い分けているのか?や、Q2靴のサイズの23.5の「てん」は「天」と読みが同じだがこれは古代日本人が天空からの測量技術があったからか?など聞いてくるため、彼女が日本について学んでいることに対して尊敬の念があるため、ポーランドの歴史を包括的に勉強する必要があると思ったから。日本でヨーロッパといえば、やはり英仏独だ。どんな文学部にもだいたい英文科仏文科独文科があるが波蘭文科はない。仕事先キャリアがある人(ドイツに在住している)にポーランド人は知能が劣っていると欧米社会で当たり前の如く思われており、彼女(ポーランド人)にも特有の投げやりなところがあるから仕事で接する際、注意するようにとご講義を受けたからかもしれない。何故、欧米社会に長くいる日本人は自分を西洋側の考えに同化してしまう傾向があるのだろうか?東側諸国を馬鹿にする時、自分がFar East出身であることはいとも簡単に忘れられる。日本人にあなたは極東人ですか?という質問すればブチギレそうだ。

 

✴︎課題読書

物語 ポーランドの歴史 - 東欧の「大国」の苦難と再生 (中公新書) https://www.amazon.jp/dp/4121024451?ref=ppx_pop_mob_ap_share

 

✴︎課題読書

物語 バルト三国の歴史―エストニア・ラトヴィア・リトアニア (中公新書) https://www.amazon.co.jp/dp/4121017587/ref=cm_sw_r_cp_api_glt_i_ZHRXZ5YKKT9CT3EVJBEW?_encoding=UTF8&psc=1