日記⑤

悪夢で目を覚ます。コロナの影響で世界中の人々が悪夢を見ているという研究報告が出ているそうで、確かにわたしも「暗闇で虫退治を強制される夢」や、もう詳しく思い出せもしないが何かに追いかけられる夢をここ最近見ていた気がする。でも昨日見た夢はそういうファンタジックなものでは全然なくて、何というか、とても日常的だった。

 

簡単に言うと、去年仕事の飲み会で業界の男性の大先輩に話の途中で肩を抱かれ、身体を引き寄せられた。それを夢の中でもう一度経験した。ただそれだけである。わたしがその男性に「触らないでください。我慢ならないんです、何もかも」と言い放った。そこで彼は「おまえ馬鹿じゃないのか、これだからフェミはいやなんだよな(笑)」と言って大声で笑い、周りの人も笑い、笑いの大合唱になって目を覚ました。

 

わたし今めちゃくちゃ疲れているんだろうな、と目を覚ましてまず思った。次に去年のこの出来事をすっかり(一応)忘れていた自分に驚愕、そして去年のこの出来事【本当】を思い出した。わたしは「触らないでください。我慢ならないんです、何もかも」とは言っていない。彼も「おまえ馬鹿じゃないのか、これだからフェミはいやなんだよな(笑)」なんて言っていない。この夢はわたし自身によって脚色されてる。実際は確かこうだ。

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場…日本某所・とある会席

登場人物…50代男(会席を設けた人物)、20代女性(この物語の主人公)、40代女性(主人公の職場での先輩)、年齢不詳の男たち(おそらく先の50代男の知人か?)飲み会も終盤に差し掛かっている

[50代男] (突然に、しかし場の空気を乱すことなく)主人公の肩に腕を回し、自分の方へと引き寄せる

[20代女] 表情が一瞬強張り、(どう答えても間違いだろうと覚悟を決めた数学の模試の解をひねり出すかの如く)

    「何やってるんですか~(以下解読不能)」、腕を外す。

[50代男] 「慶應英米卒の子はこれだからつれないなあ!」

                  (一同笑い、全員退場)

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我ながら酷い脚本だと思う。でも確かこうだった気がする。もう少し登場人物がいた気もするし、前後もっと何かを言われた気もするけど記憶が朧気だ。そもそも会席の場所だったのかすらもよく考えたら怪しい。でも大筋はこれだ。

 

解釈として、A 主人公(わたし)はとてつもなく不愉快だった。B 主人公(わたし)はすこし驚いたとはいえまんざらでもなかった。以上おそらく2つがあるのだろうが、正解はAです。Aしかほとんど在り得ないのですが、僅かながらBの解釈だってありうるのだし、おそらく彼はB、あるいは果てし無くBよりのAと解釈したのだと思う。何でこんなことを夢に見たかは割とはっきりしていて、夜中Twitterをしていたら某編集者のハラスメントが週刊誌にすっぱ抜かれていてその記事を(よせばいいのに)読んでしまったからだ。で、「最悪だな、こういうことは本当にどこにでもあるんだな…」と頭の中でコメントし、若干モヤモヤしたまま、猫の動画と神戸の王子動物園のパンダが中国に返却されるニュースで解毒したはずだった。はーエリザベス・ベネットかマーガレット・ヘイルになりてえ。

 

 

 

 

 

英米文学専攻卒として、自分がエリザベス・ベネット(高慢と偏見)あるいはマーガレット・ヘイル(北と南)だったらどう反応するのだろうか、と考えて結構楽しくなってしまうというのがあります。この断片の作者もそうだったのでしょう。夢の中での女主人公の発言はミス・ベネット(リジー)よりかはミス・ヘイルの心持ちが憑依したのではないかと推察されますが、仮にミス・ベネット(リジー)だったらどう振る舞うのでしょうか。『高慢と偏見』 第34章を読んでみましょう。引用を始めます。

 

あなたとお近づきになった、そのはじめの時、その最初の瞬間から、といってもいいのですが、あなたの態度は、あなたの傲慢さ、自負心、他人の感情の身勝手な軽視などを、わたしの心にきざみつけて確認させているのですが、そういう基盤の上に立って、わたしはあなたを否定的に見ることになって、そしてつぎに起こったいくつかの出来事が、あなたを嫌う気持ちを植え付けて、それはもう動かせぬものになりました。(オースティン 『高慢と偏見』255)

引用を終わります。当時のスラング風に要約するとうるせーマウントクソ野郎とでもなりましょうか。「どうしてあなたのことが嫌いなのか」をここまでロジカルに丁寧に説明できるリジーは本当に素晴らしいです。一方「北と南」のミス・ヘイルのミスター・ソーントンに抱く嫌悪感は彼の性格を非難するよりも、工場主という新興階級への侮蔑意識に満ち満ちていると思われます。先の女主人公が夢の中で「我慢ならない」とどちらかといえば感情的に言い放つのも、ミスター・ソーントンより自身が階級の面では上だと自負しているミス・ヘイルの影響が色濃く見えるのではないのではないでしょうか。しかし、先の夢の中での女主人公と男性の社会における階級や権力や資産を比較して鑑みますと、その差は歴然としたものがあります。そのことを先の夢の中での女主人公は無意識のうちに感じ取り、夢の中の男性に「馬鹿じゃないのか」とせせら笑わせ、そしてそれに付随する無数の人影を書き加え、夢の中での戯曲を終了させるのは、作者の孤独が伺われます。なぜなら「高慢と偏見」ではエリザベスは自分より遥かに資産も地位もあるミスター・ダーシーに対して常に誇り高く戦っているわけですから、先の女主人公の戯曲での主人公はエリザベス・ベネットとマーガレット・ヘイルのようなヒロインになること自体、失敗しているのであります。先ほどのレジュメ 1から2で発表者が比較した 戯曲【夢】 戯曲【本当】――近年発見され一部に多くの話題を引き起こした「ブログ」上での断片ですが――のうちに共通するものですけれど、彼女自身のフェミニズムが限界状態といいますか、膠着した状態を匂わせているのではないかと発表者は推察します。2020年ごろの日本では、女性の大学進学がかなり進み、「輝く女性」像の元、政府が諸々推し進めていましたが、戯曲【夢】では男性は馬鹿じゃないかと女主人公を文字通り馬鹿にし、戯曲【本当】では実在した大学名を上げつつ、「つれない」と一言を添えることで、「男性から見たかわいい女」という昭和時代における女性像をそのまま引きずったような発言をし、まあ、彼女を結果的に馬鹿にしているのです。

本人も断片の中でコメントしているように、この断片そのものは作者不明の殴り書きで、粗悪なものです。ジェーン・オースティンやエリザベス・ギャスケルといった英米文学上名高い大女性作家と比べるべきものでは本来ありません。しかし、発表者は戯曲【本当】で書かれた「英米卒」というこの作者不明の令和時代の女性(と思われる)が受けただあろう教育の共通点から、わたくし自身に呼応するものを不思議と感じ取り、テーマといたしました。次回の発表では断片の冒頭にもありますコロナ—2020年にパンデミックが始まった新型コロナウイルス感染症下の社会の情勢を考慮し、この断片を書いた作者の心情を分析、および様々な人間の問題点がパンデミックにより文字通り洗い出されたと評される「2020年代」の様子をこの名もなき作者の断片から解きほぐしていこうと考えております。

 

 参考文献

高慢と偏見〔新装版〕 (河出文庫)

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North and South (Penguin Classics)

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これで発表を終わります。